先週の水曜日から授業が始まり、今日まで何かずっとバタバタしていた。忙しすぎてブログを更新する暇がなかった。平日は普通に授業があるわけだが、それとともに、先週の土曜日から今週の月曜日にかけて、Social Epistemology Network の第4回大会が大学近くのホテル(それどころか私の住んでいるアパートから歩いて10分くらいのところ)で開催されていて、それに参加していたのだ。一週間近く経ってすでに記憶が薄れつつあるが、忘れないうちに印象に残ったことを書き記しておこうと思う。
参加人数は70〜80人くらいだろうか(少なくとも50人はいた。入れ替わりも考えると総計で100人くらいはいたかも)。ホテル一階の大きめの部屋と小さめの部屋の2つが会場で、並行でセッションをやっていた。参加者は年配の教員もそこそこいたが、院生を始めとするアーリーキャリアの研究者が多く、全体的な年齢層は若めであった。発表者も院生が多く、新しいアイデアを出そうという試みが多めで楽しかったが煮詰まってない発表もそこそこあったなという印象。意外とハードルは高くない学会なのかもしれない。何にせよ、それなりに盛況かつ比較的カジュアルな学会だったので、この感じなら次回は私なんかも発表者として参加して良さそうだなと思った。
全体的な感想としては、応用的な—倫理的・政治的トピックに関わる—話題が多かったという印象。もちろん認識的不正義の発表もあったが、どちらかというと、まだあまり主題にされることがない事柄に関する新しい理論的分析を与えるとか、新しい概念を提案するといった発表が目立ったように思う。応用系の話題はこの先もっと盛り上がっていくだろうな。
とはいえ、社会認識論の話題は多岐にわたる(Quill Kuklaが最終日の提案で「社会認識論」には少なくとも8つくらいの用法があると言っていたが、正しい指摘だと思う)。いわゆる応用的な研究以外だと、認識的な内容に関わる何らかの規範といういみでの認識的規範を対象にした研究が多かった印象。例えばinstructionに認識的規範はあるのかとか、特定の社会的立場にいる場合に適用される認識的規範についての発表などは興味深かった。
その他にも、既存の道具立てを使って新しいことを言おうという野心的な研究がいろいろあっておもしろかった。例えば初日の最初のセッションは、2000年代にガっと盛り上がったpragmatic encroachmentの流れに乗って新しいことを言うぞという発表でプレゼン自体は聞きやすくて楽しかった(もっとも、発表者のpragmatic encroachmentの理解がかなり怪しいなと思っていたら案の定質疑応答で沢山の人に突っ込まれていたが)。メタ言語的交渉を認識論に応用した発表もあってなかなか面白かった。出てくる帰結そのものについては正直驚きはなかったのだが、メタ言語的交渉のアイデアを認識論における不一致の話題にうまいこと適用したもんだなとは思った。そういう一捻りの発想が研究には大事なんだよな。
こう見ると、私が最も興味を持っているいわゆる伝統的な証言の認識論というのは、すでに流行の去った分野なのだなと改めて思った。流行を追いかける必要はないにせよ、このあたりの潮流は押さえて置かなければならないと改めて思った。そういえば三日目の朝に唯一、伝統的な証言の認識論の発表があったのだが、まぁ残念な発表だった。発表者はアメリカの大学教員だったのだが、基本的にTyler Burgeの話をずっとしていて、そこから自分の共同行為論を使えばより真っ当な見解が出せる、と言って話が終わってしまったので、結局あなたの擁護したい認識論的見解は何なのか、と質問したが全く明確な回答は帰ってこなかった。Burge解釈もあんまり深い話はしていなかったし(もっともこの発表を通して、Burgeにおける記憶の認識論が証言の認識論となかなか微妙な関わり方をしていそうだということはわかったのだが)、そもそも発表者はあまり証言の認識論を知らないのだろうな。なんというか、いわゆる伝統的な証言の認識論というのは、もう議論が煮詰まりきっていてあまり新しいことを言う余地がないと私は感じているのだが、今回の学会で証言の認識論ど真ん中にあてはまる発表がこれくらいしかなかった(後述するPeter Grahamの発表はかなり伝統的な証言の認識論を下敷きにはしているのだが直接のトピックはAIだった)ということによって、上記の仮説への確信度が強まる結果となった。
もう少し書きたいことがあるのだが、今日はこの辺で。続きはまた明日にでも更新しようと思う。


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